
「皆様、本当にありがとうございました。」3月末日の公立小松大学理事長職の退任を目前にして、私が申し上げられるのは、ただこの一言のみであります。
思えば、今から10年あまり前、小松市に四年制大学を設立する機運が高まり、いろいろな検討が行われ、協議会が設立され、多くの方々がそれぞれの立場から意見を述べられました。結局、3学部4学科で構成される四年制大学設置に踏み切ることとなり、所与の手続きを開始し、関係方面と折衝を行って、平成年間が終わろうとする平成30年4月に、私どもの公立小松大学はスタートしました。ここにおいて、本学は、小松短期大学とこまつ看護学校の輝ける歩みを十分踏まえたものであるべきことと、全く新しい教育研究機関を目指すべきことという一見矛盾した、しかし、極めて重要な指摘が関係の方々から寄せられたことが忘れられません。爾来、年々、希望に燃える若い皆さんの学びの場として、大学院博士前期課程、次いで博士後期課程を設け、コロナ禍や自然災害を乗り越えつつ、有為な人材を世に送り出してきました。かくして、今日を迎えていることは、本当に有難いことと思っております。私自身は、なんらたいしたことはできませんでしたが、学生の皆さんは、学業に励み続けてこられました。役員や教職員の皆さんは、本学の教育研究活動に献身的な力を注いでこられました。ただただ感謝申し上げます。大学設置者たる小松市当局をはじめ関係行政機関の的確なご支援、小松市民、近隣の市町の方々の熱いバックアップ、企業や医療機関等各種団体の強力なサポート、金沢大学をはじめとする関係諸大学からの温かいお力添え、そして我々が直接には知り得ないような多くの方々の協力で、本学の今日があると存じます。本当にありがとうございます。
開学以来、多くの学生がここに集い、そして社会に出ていきました。本学に通って教育研究の充実に力を尽くされた教員職員にも、次の職場に転じた方がおられ、また活動の第一線から退かれた方もあります。他界された方もおられます。人が集まり、そして散じて、活動の舞台に立つ人が交代していく人間社会において、これは当然のことではあり、今、私もまた理事長職を退きます。この8年の間、理事長として時間空間をともにしたいずれの方のことも、脳裏から去りません。本当にありがとうございました。
小松学問所の伝統が薫るこの小松の地で、新理事長、新学長のリードの許、未来を見据えた教職員や学生の皆さんのたくましい力によって、本学が地域に深く根ざしながら、全国と世界に発信する教育研究機関としてさらにさらに発展していくことを確信しつつ、私の感謝とお別れの言葉を申し上げました。重ねて、ありがとうございます。

愛児愛校愛地
2017年6月、大学設置審査委員会による実地審査で、審査委員から「学長予定者の存念を問う」と問われました。これに応えたのが、「愛児愛校愛地」。「児」は学生の皆さん、「校」は大学、「地」は地域。これが、本学を担当するにあたってのわたしの初心となりました。
平等と理想
わたしの専門は医学。教育と医療はよく似ています。公平公正、これが教育者の立ち位置で、教育も生活支援も学生目線で行わねばなりません。ヒポクラテスは、奴隷も自由人も差別しませんでした。日本に西洋医学を導入したポンペは、「医師はよるべなき病者の友である」と教えました。教育と医療のもう一つの共通点は、理想主義です。常に最善を求め、妥協しない。学生の皆さんを友として、理想の旗を掲げつづける。8年間で多少ほころびもしたかもしれませんが、その旗の下、大学および大学院創業の偉業をともに成し遂げてくれた学生の皆さんと職員の皆さんに感謝してやみません。
総合知
本学大学院研究科の名称は、「サステイナブルシステム科学」です。当初文科省へは「サステイナブル・ソリューション」との名称を申請したのですが、却下されました。ソリューションには、「解決」という意味とともに、「融合」という意味もあります。公立小松大学は総合大学。本学に学び来たり、学び去る皆さんには、学部・学科・専攻の垣根を越えた、はばひろい学修と交流を通して、総合知を備えたマルチなポテンシャルを培っていただきたいと思います。絶え間なく変化する世界と時代を生き抜く力になること必定です。

令和7年10月 青松祭実行委員と


