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令和7年度 学長 学位記授与式告辞
告辞
― It writes. ―

 学士課程を了えられた皆さん、ご卒業おめでとうございます。修士課程を了えられた皆さん、ご修了おめでとうございます。ご家族の皆さまにも、心よりのお祝いを申し上げます。
 さて、学位論文は、一生ついてまわる、とよく申します。学生時代の若いエネルギーを集中させ、論文という形あるものとして残すからでしょうか?指導した教員の精神や情熱が学生の心に刻まれるからでしょうか?卒業論文をまとめた学士の皆さんも、修士論文をまとめた修士の皆さんも、論文を書き綴った経験、それをぜひ、これからの人生にも活かして行ってほしいと思います。
 わたしは、『医療と文化』という共通教育科目で、皆さんのうち五十名ほどを教えました。四回だけでしたが、毎時間、各自に感想文を書いてもらい、つぎの週にコメントを添えて返しました。すると、真に頼もしく感じたことに、回を追う毎、文章がよくなる人が少なくありませんでした。
 皆さんは、やがて、職場で中堅となり、指導的立場に立ちます。そういう将来のためにも、ときどきはものを認(したた)め、学位論文を著した力を維持し、伸ばして行ってほしいと思います。
 その際の幾ばくかのご参考になればと思い、これまでの拙い経験を、皆さんに語りたいと思います。
 わたしは、論文を卒業要件としない学科を卒業しましたので、最初の論文は大学ではたらき出してからでした。はじめは全くの暗中模索。要領も得ませんでした。初稿は、まず助教授によって、ついで教授によって、原型をとどめぬまでに直されました。教授は、「文章を書けない奴」と思ったのでしょう、谷崎潤一郎の『文章読本』を手渡されました。
 そこで、つぎの論文にとりかかるに先立って、論文の書き方を研究しました。まず、エビデンス、つぎに、論理、さらに、それらを並べる順序が、重要とわかりました。この結果、二つ目の論文以降、直される箇所が少なくなりました。
 つぎの転機は、意外なところから訪れました。わたしは三十代半ばから弓をやりました。師は、弓聖阿波研造の流れを汲み、英語に堪能な方でした。「It shoots」、それが、教えでした。「It」とは何ですか?とわたしは尋ねました。すると、師の応えは、「天」、天が君を通して射る、というのです。この教えは、スッと腑に落ち、論文書きもソレだ、と思い至りました。すなわち、「It writes」です。 I writeでも、You writeでもない。IまたはYouを通して、It 天が書く。あるいは、自分を通して神さまが書く。理想的には、テキストだけでなく、引用すべき文献や資料も、整然と自然に湧いてくるような境地と申せましょうか。
 ところで、「文は人なり」といいます。文章力、すなわち人間力。書いたものには、個性が現れます。It writesは、書き手の主体がなくなるわけではありません。弓では、「引き分けて天地と融合し」などといいます。It writesでも、I、You、Itが一体となって和合する。哲学者・西田幾多郎がよく引用したパウロのことば、「基督我が内にありて生くるなり」に近いかもしれません。
 「文は人なり」。かつての皆さんの感想文にも個性を感じました。たとえば、皆さんの一人が夏目林太郎という名前だったとして、「夏」「目」「林」「太」「郎」と、紙面から立ち現われてくる。でなければ、読むものを感応させえない。皆さんのは、「林」か「太」か「郎」まで感じさせましたヨ。
 ここに来て、昨今、生成AIが、いろんな分野に浸透してきています。生成AIは、文章もたちどころにつくります。が、そこに、皆さん自身、あるいは人間はいない、といっていい。他方、It writesは、無私の論理展開の中にも、個性を香らせます。これは、AIにはけっして真似できないことです。
 さて、斯くいうわたくしも、今年度で学長職を離れます。南加賀はかつて、四年制大学の空白地帯でした。そういう地に、皆さんのような、前途有為の若者が集い、巣立つ、学術と文化の府が誕生したわけです。
 大学そして大学院創業の偉業を、ともに成し遂げていただいた学生の皆さんと役職員の皆さま、ご支援いただきました小松市・小松市議会・市民の皆さま、公立小松大学協力会・保護者の会・同窓会、その他関係各位に深甚の謝意を表する次第です。
 学士、修士の皆さんのご活躍と弥栄、本日ご列席のご一同さまのご健勝とご発展、公立小松大学の末長い隆盛を祈念し、告辞ならびに惜別の辞といたします。


令和八年三月二十三日
公立小松大学 学長 山本 博