新年おめでとうございます。本学は今年も懸命な歩みを続けます。どうかよろしくお願い致します。能登半島地震から2年、懸命の復興活動が続けられています。本学も、さらに能登の復興に努力して、地域貢献に力を注ぎたいと思っています。
思えば、本学は開学から8年近くを閲し、その前の四年制大学設置に関する審議を行った時期から数えれば、随分長い時間が経過したような感じがしますが、まだまだ生まれたてとも言える本学は、これからも、地元にしっかりと根付きながら世界に発信する教育研究機関としての意義をしっかり踏まえて、設置者たる小松市や広く関係訪問のご支援の下で、着実な歩みを続けていきたいと思っています。
昨年末、私は、ニューヨークに出かける機会があり、たまたま、タイムズ・スクエアのごく近くの、ブロードウェイのミュージカル劇場が集まっている一画のホテルに宿泊しました。ニューヨークは、あいかわらず、早朝から深夜までいそがしい街で、米国勤務時代に何度も見たミュージカル『42nd Street』で歌われる『Lullaby of Broadway』 の歌詞を懐かしく思い出しながら賑わいに触れてきましたが、多くの人を受け入れて、人々の溢れるエネルギーでさらに世界の変化を牽引しようとするこの街の迫力に、老年の私も心が奮い立つのを覚えました。しかし、同時に世の中がいかに変ろうとも、私達が生きていることの本質は不変のはずであり、我が身を置く状況を忘れることなく、世界の激しい変化を冷静に見つめつつ、しっかり大地に両足を着けて生きていくことが更に大切なのではないかという思いも湧き上がってきました。この思いは、私達が日々取り組む教育研究の目指すところでもあるように思います。
今年の本学は、学長交代が予定されており、私も理事長の職を退きます。運営者は大きく替りますが、本学の目指すところは替らず、新しい学長と理事長の許で、更なる飛躍に向けて力強い歩みを続けることが期待されます。私は、いかなる立場にあろうとも、本学の発展に最大限に努力したいと決意を新たにしていることを申し上げて、新年のご挨拶とさせて頂きます。
あけましておめでとうございます。
例年の如く、新春を迎えての想いを、干支に因んで、申し述べたいと思います。
今年の干支は、午であります。
まず、Darwin "On the origin of species"を紐解きますと、horseあるいはhorsesが62回出てきます。これらの行(くだり)からは、馬が、ホモ・サピエンスの生存や生活にとって欠かせない生き物となってきた様子が伺えます。
Jared Diamondは、それまで野生だった馬が家畜化されたのは、紀元前4000年、場所はウクライナだったとしています。そして、インド=ヨーロッパ言語を話す人々が居住地域をウクライナ地方から西方に広げていった背景には、馬の存在が欠かせなかったのではないか、と推定しています。長距離移動の手段さらには軍事的要素として優れていた馬は、やがて、ユーラシア大陸のほぼ全域で飼われるに至ります。
馬には、速く走る大型動物ゆえの危険性もありました。それを説いた逸話の一つが、『准南子(えなんじ)』巻十八「人閒(じんかん)訓」に登場する「塞翁が馬」でしょう。国境をまもる要塞に一人の翁がいました。あるとき、飼っていた馬が逃げてしまいました。人々は見舞いをいいます。すると、翁は「これが福にならぬとは限りません」といいました。数ヶ月後、逃げた馬が駿馬を連れて帰ってきました。人々が祝いを述べると、翁は「禍にならぬとは限りません」といいました。やがて家に良馬がふえ、翁の子が好んで乗っていたところ、落馬して足を折りました。人々が見舞いをいうと、翁は「福にならぬとは限りません」と応えました。それから一年、隣国の軍勢が要塞を攻めてきました。子どもは足を引きずっていたため戦えず、多くの人が戦って亡くなる中、この父子だけが生きのびた、という物語です。
さて、話は飛ぶのですが、とある電力会社の会長を務めた方とある会で隣り同士になりました。3.11の後のことです。彼は、別の電力会社で起こった原発事故のことをすごく悩んでいました。眠れぬ夜がつづいていた頃、あることばに出会って救われた、といいます。そのことばとは、"Whatever happened happened for the good"でした。そして、出典を知りたいので調べてくれないか、とわたしに頼まれました。
ネットの検索で、"Whatever happened happened for the good"の由来は、ヒンドゥー教の聖典、bhagavad-gītāかもしれないとの手掛かりが得られました。そこで、英訳本を求め、調べてみたところ、一致するセンテンスはありませんでした。ところが、依然として、"Whatever happened happened for the good"はgītā 中のことばとして語り継がれています。"Whatever is happening, is happening for the good. Whatever will happen, will also happen for the good."と現在進行形や未来形バージョンまである始末です。Swami Mukundananda というヒンドゥー教関係のブログでは、「gītā のエッセンスのsummary」と解釈されています。
gītā が書かれたのは、紀元前5世紀から紀元前2世紀の間。gītā の英訳本を改めて読んでみると、"the Supersoul"というmindをコントロールしえた境地に至れば、"happiness and distress, heat and cold, honor and dishonor are all the same"という行があり、しいていえば、これが"Whatever happened happened for the good."に近いように思われました。
とすると、"happiness and distress, heat and cold, honor and dishonor are all the same"は、『准南子』の塞翁の逸話とも共通するのではないか?『准南子』が著されたのは、紀元前1世紀以前ですが、「人閒万事塞翁が馬」に代表される『准南子』の思想は、のちの時代、南アジアにも伝わり、表現を変えて、彼の地の人口にも膾炙するようになったのではないか?このような、ややこじつけたような推測を、わたしは元電力会社会長に返したことでした。
中国古典の研究者、楠山春樹博士は、「塞翁が馬」の冒頭、すなわち「塞の上(ほとり)の人に術を善くする者有り」という導入に着目され、つぎのように説かれています;「塞翁が善くした「術」とは、まさしく終局の禍を避け福を得るためのものであって、こうした見通しがあればこそ、塞翁は眼前の禍福に一喜一憂しなかったのである」。
この令和丙午。楽観もせず悲観もせず日々を送り、できうれば、楽観悲観の遥かな先にある福を見通せるよう、研鑽して参りたいと存じます。
このホームページをご覧いただくすべての人と、世界、地域にとって、本年がよき年となりますよう祈念してやみません。


